1st ANNIVERSARY SPECIAL STORY CASE4 ソーマ
「……あれほど怒らなくても良いだろう……」
出向任務から久々に戻って顔を合わせたのだから、積もる話もあるだろうと思っていた。しかも、行き先は故郷であるルシオンなのだから、皆の様子も報告されるのだろうとも。
だが、現実は戻って早々不在の間に起きた、俺の破壊案件報告書の束を突き付けて、仁王立ちと鬼の形相で長い説教だった。
「バフェルト騒動以来、コントロールも多少だが、できるようになったというのに……」
加減が出来ず壁だの塀だのを破壊していた頃よりは、ほんのわずかではあるが軽微な損害になっている。
「それも、姫がかけてくれた言葉のおかげだがな」
――人より少し不器用なだけ
そう言ってもらえたことで、肩の力が抜けたように思う。
代々水魔法を継承し、護り続けてきた一族に生まれ、その歴代当主を凌ぐ力を持っていた。そのことを誇りに思うと同時に、自身の力を恐れもしていた。
「人を殺めることができる強大な力、か」
先刻、俺に説教をしていた男が初対面でそういった俺の力。幼い自分にはとてもショックだったことを憶えている。
それからというもの、力を使うことに抵抗が生まれ、コントロールすることが上手くできなくなった。
「あいつのせいにはしたくないが……」
ロシュフォール家は代々ルシオンを収めてきた水属性の魔法継承一族。その当主の傍らには必ずある一族の男がいる。
次期当主であることが確定した俺も例外はなく、幼少時よりずっと共に過ごしてきた男がいる。
それが説教をしていた男だという事実におさまっていた怒りが沸々と込み上げてきた。
(年上だということが余計に腹立たしい……)
湧きあがる怒りで感情のコントロールが効かず、そのまま魔法として水を生み出してしまった。
「まずいっ!」
口に出したところでどうにもならず、そのまま床を水浸しにしてしまう。
(またあいつに説教されるのは避けたい)
即座に痕跡を消そうと水を操ったが、上手くコントロールできずに床が凹んだ。
「……やってしまった」
二次被害を床に壺を落としたとでもいえばどうにかなると見て見ぬふりをして、おとなしく雑巾掛けを始めた。
だが、片付けようとすればするほど、三次四次と被害が広がっていく。
「……大人しくあいつを待った方が良いかもしれない」
途方に暮れていれば、夕食の買い出しに出ていた傍付きの男が、リビングの入り口で頬を引きつらせ固まっていた。
(あぁ……また説教が始まるのか……)
諦めて俯けば、無言で荷物をキッチンに持って行ったあと、テキパキと掃除を手伝いはじめた。
意外に思っていればじろりと睨まれ、どうしてじっとしていられないのか、自分で片付けようと思わないでほしい、など延々愚痴のような小言を聞かされ、手を貸そうとしようものなら叩かれ、視線で隅に追いやられた。
(一応、世が世なら主従関係なんだが……)
世話になりっぱなしな現状から、そんなことは口が裂けても言えない。
(……昔から私が意図せず水魔法を発現させると、こいつの氷魔法が止めるように凍りつかせてくれていたんだったな。そこは感謝している)
未だに続いている小言に口を挟む隙はない。
意図せずではあるが、自分で蒔いた種。甘んじて聞きながら、口には出さずに長年の友人、いや、口煩い年上の幼馴染に日頃の感謝を告げた。
END