椿の堕ちる日

物語

胡散臭い笑みを浮かべた男の口上

◆テケテンテンテン……(太鼓の音)
◆幕が上がる。
◆スポットライトが付き、胡散臭い笑みを浮かべた男が照らされる。


時は日本が昭和と呼ばれた時代のことであります。
ただし、この物語はお客様の知っている“日本”ではございません。
似ているようで似ていない、同じようで全く違う――
そんな不思議で歪な世界が、年号を昭和に変えてしばらく経った頃のお話でございます。

さて、この日本……数年前より、ある一族の間で世にも奇妙な病がはびこりはじめました。
なんでもこの一族にしか発症しない、極めて致死率の高い病だとか。

――その恐ろしい病魔の名は“椿病”。

この病、始まりが何であったのか、いまだに分かっておりません……
ああ、ところで大事な人物を紹介するのを忘れておりました。


この少女!

◆ででん(太鼓の音)

この可憐な少女こそ、この物語の主人公であり椿病にかかってしまった哀れな少女なのでございます。
……そもそも、椿病とはどういった病気なのでありましょうか?


この病、まず目に見える症状としてあるのが“アザ”でございます。
少女の一族にのみ現れる遺伝性の特殊な病は、まるで椿の花のような大きなアザが体に咲くのです。
他にも、眩暈や高熱といった風邪のような症状が出るようでございます。
一見、普通の風邪とかわりません。
しかし、残念ながらこの病、目に見えない症状の方が悪質でございました……

この病、発症するのは椿の開花と同じ冬でございます。
そして、椿の花が終わる春先になると、体に咲いたアザが色を濃くするのでありました。
そのアザが濃くなったら、次はどうなるのでしょうか?
……なんと、感染者は丁度椿の花がポトリと落ちるのと同じように、黄泉の世界へ旅立ってしまうのでありました。


ああ、なんと嘆かわしく悲劇的な病なのでございましょう……
はたしてこの恐ろしい病を治す手立てはあるのでしょうか!
この可哀想な少女に笑顔が戻る日は来るのでしょうか!

――いいえ、病が治ることはないのです。
この病は治ることなどありえない、不治の病なのでございました。
この病に感染した少女は、いったいどうなってしまうのでしょうか?

『不治の病であれば、終わりは“死”以外にないだろう』

――なんて声が聞こえてきそうではありますが、それだけでは終わらないのがこの物語。

◆ででん(太鼓の音)

この物語の終わりは、いったいどこへ向かうのでありましょうか?。
終わりがどこへ向かうとも、わたくしはこの少女の幸福を祈らずにはいられないのでありました。

さてこれより先の物語は、どうぞお客様ご自身の目でお確かめ下さい。
願わくば、この少女の未来が明るいものでありますように――
ご清聴、ありがとうございました。

◆テケテンテンテン……(太鼓の音)
◆スポットライトが消え、幕が下りる。



さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
明星座がお送りする世にも奇妙な見世物の始まりだよ~!
お代は見てからで結構だ!
蛇女なんか目じゃねぇくらい、アッと驚く奇術が飛び出す!
嬢ちゃん坊ちゃん寄っといで!
老いも若いも男も女も、一度見たら脳裏に残る、奇妙な時間をご提供!
ほーら――気になって来ただろう……?
はい! 一名様、ご案内~!


明星座

夕蛾が率いる奇術団。
行長(踊り子)、狐毒(手品師)、餓蛇(猛獣師)、小蝉(浮遊絵師)が所属している。
神社周辺で共同生活を送っており、公演の予定を立てては夜更けに神社のはずれで客引きを行って奇術を披露している。
そこそこ繁盛しており、その界隈では有名な様子。若い女性の客が多い。
しかし会場となる小屋は非常に狭く、また公演も不定期なので幻の奇術団とも言われている。

ハクライサーカス

異国のサーカスをいち早く日本に取り入れ、その物珍しさから大繁盛している。
演目も毎月変わり、観る者を楽しませるハラハラドキドキの内容。
商業的には大成功しているが、怪しい噂や黒い噂が絶えない。