ミニドラマ「Viaggio in Firenze」 前日譚SS
彼女の部屋を訪ねるとき、おれはいつもドキドキする。
理由は自分でもわかってる。
(ここに来るまでも、ずっと、会いたくて仕方なくて……)
足早に廊下を通り抜けて、部屋の前に着く頃は、いつも。
会いたい気持ちが、爆発寸前まで膨らんでるから、だから、こんなに胸のドキドキが止まらないんだ、と思う。
「……ふう」
深呼吸してからノック。
部屋の中で、人が動く気配を感じる。
すぐに扉は開かれ、笑顔の彼女が迎えてくれた。
「お帰りなさい、オルロック」
「……ただいま」
うれしい。
おれは頬が緩むのを感じながら、部屋に入る。
「あの」
どう伝えようか少し悩む、けど。
上手い言い回しは思いつかなくて、結局、頭から話すことになる。
「さっき、エミリオに呼び出された。……使徒の仕事、で。次はフィレンツェに届けもの、しなくちゃいけない」
「そうなの……。気をつけてね、オルロック。いってらっしゃい」
「……う、うん。……だい、じょうぶ。難しい任務じゃない、から」
おれは伝えたいことを伝えられないまま、ぎこちなく頷く。
「……それで僕のところに?」
「うん。せっかくエミリオが一緒に行っていい、って言ってくれたのに……。おれ、最後まで言えなかった」
彼女と別れてから、とぼとぼとエミリオの執務室を訪ねた。
もう遅い時間だったけど、彼は苦笑しながら部屋に入れてくれる。
「こんなふうに思うなんて、すごくわがままなこと、かもしれないけど」
たとえ任務が理由でも、彼女と離れなくちゃならない、なんて。
おれはすごく寂しいし、彼女にもそう思ってほしかったのに、あっさり返されて。
「おれと離れること……。彼女はあんまり、気にしない、のかな……」
「それはどうかな」
「?」
おれの話に黙って耳を傾けてたエミリオが、初めて口を挟んできた。
「何を想っているのか、彼女に直接聞いてごらん。できれば今夜のうちにね」
「え……」
「時間が必要とされる場合もある。けれど、時間が経てば余計な溝が生まれる場合もある。……今回は後者だよ」
エミリオは微笑みながら、おれの背を押す。
「…………」
執務室を追い出されたおれは、迷ったけど、結局――
ドキドキしながら、また彼女の部屋に向かった。
「……こんな時間に、ごめんね」
彼女は戻ってきたおれを見て、不思議そうな顔をしたけど。
いつもみたいに、また部屋に迎え入れてくれた。
「聞きたい、ことが、あって。……さっき、あなたは笑顔で『いってらっしゃい』って言ってくれた、けど」
……深呼吸してから、続きを言う。
「おれ、あなたと離れるのは寂しい。あなたは、そう思わない?」
じっと見つめて尋ねると、彼女は少し戸惑うように沈黙した後、小さな声で教えてくれた。
「……本当はすごく寂しいの。でも、オルロックは仕事だから、我慢しなくちゃって」
「!」
うれしい。
「良かった……! じゃあ、一緒に行こう!」
「えっ?」
「今回の仕事、簡単だから、あなたを連れていっていいって、言われてる。……おれ、いっぱい案内する! 頑張る!」
あんまりうれしくて、ぎゅって彼女を抱き締める。
彼女はちょっと驚いてたけど、くすくす笑いながら、抱き締め返してくれた。
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