ミニドラマ「Viaggio in Milano」 前日譚SS
「ねえ。次の休みなんだけど、君はどんなふうに過ごしたい?」
仕事の合間を縫って彼女に電話して、週末の予定を決める。
どれだけ忙殺されても、もうすぐ彼女に逢える――そう思うことで、なんとか今週も乗り切れそう。
「……うん。僕も寂しかった。屋敷でちょっと顔を合わせるくらいじゃ足りないよ」
人目があるとキスもできない。
……僕は構わないんだけど、彼女が気にするから、できるだけ我慢するようにしている。
(僕のほうが大人なんだし、彼女には合わせてあげたいと思うし)
たまに我慢できないこともあるけど、それはまあ、大目に見てほしい。
「週末を楽しみにしているよ。僕の疲れを癒して、シニョリーナ」
頑張る、なんて返してくれる彼女が愛しい。
僕は頬を緩めながら受話器を置く。
――なんて。
週末を心から楽しみにしていたのに、僕は結局、望まない連絡のためにまた電話をかけた。
「……急な仕事が入った」
シチリアのファミリーとの取引。
気難しい相手で、顔馴染みの僕しかまともに交渉ができない。
「本当にごめん。来週こそ時間を作るよ。……そうだ、ファルチェのホテルに泊まるのはどう? いつも僕の屋敷だとつまらないと思うし」
1泊なんて言わずに金曜の夜から攫って月曜の朝まで独占させてほしい。
ルームサービスを使えば、部屋を出ないで過ごせるのもホテルのいいところだ。
約束をふいにした分、次のデートはより充実した時間にしよう――
……という願いも虚しく。
僕はまた、次の週末も仕事で潰れたことを彼女に連絡しなければならなかった。
◆◇◆◇
「レオ。……僕が何を言いたいか、わかる?」
「は、はい、あの、落ち着いてください、ニコラさん」
「僕は落ち着いている。これ以上なく冷静だよ。今はファミリーにとって大切な時期だからね」
情勢も年明けから急激に変化して、今を乗り越えられるかどうかが組織の分水嶺だ。
仕事を放り出すわけにはいかない。
「けどね、レオ」
「はい……」
「僕は恋人と約束していたんだよ。それが結局2回連続で駄目になった」
「……それは本当に、災難で……」
「まったくだよ。ぬか喜びばかりさせてばかりなのに、あの子、何て言ったと思う?」
「さ、さあ」
「自分のことは気にしないでいい、ニコラこそ身体に気をつけて、だって」
仕事が落ち着いたらちゃんと構ってね、とも言っていた。
全部放り出して今すぐ逢いに行きたくなるくらい、僕の恋人はかわいい。
「いい子ですね、本当」
「僕もそう思う。けど、彼女の優しさに甘えすぎるわけにもいかない。僕としてもきちんとお詫びがしたいなと思って……はい、レオ」
「? 何ですか、これ」
僕が差し出した紙を受け取り、レオは首を傾げた。
「手配しておいて。行き先はミラノだから」
「へっ」
「……月末は必ず休みを取るからね。何が起きても彼女を連れて旅行に行く」
「え、えええ……!」
「それまでに抱えている仕事は片づけるよ。途中で入ってきたものはジェルミなり、カポ・レジームに振ってもらうよう、ダンテにも話はつけた」
「し、仕事が早いですね、流石ニコラさん……!」
「眺めのいい部屋を押さえてね。予算は気にしないから」
まあ、部屋から外を眺める暇なんて、ないかもしれないけど。
(……僕の恋人は喜んでくれるだろうか)
そうだといいな、と思いながら僕は書類の山を片づけにかかった。
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