ミニドラマ「Viaggio in Montecatini Terme」 前日譚SS
「あらあら、坊ちゃん。どうしたんです、溜め息なんて」
指摘されて初めて、自分が溜め息を吐いたらしいと気づく。
「いや、別に――」
悩みの種を明かすつもりはなかった。
が、ジュリアは当然のように言う。
「あの子のことでしょう」
図星を突かれた。
最古参の家政婦は何でもお見通しらしい。
「……実は……」
隠す意味がないならと諦め、俺は口を開く。
「仕事の忙しさにかまけて彼女との時間を作れていない。なのに彼女には気遣われる一方で、どうしたものかと……。俺も何か返したいんだが……」
寂しい思いをさせているのではと心配だ。
それとなく聞いてみたら『私は大丈夫だから無理しないで』と、かえって気遣われてしまった。
「旅行でもプレゼントしたらどうです? 2日間くらいならお仕事も調整できるでしょう」
(! 旅行……。旅行か)
彼女が驚き、喜んでくれる様子が脳裏に浮かぶ。
(いいかもしれない……。よし、早速準備を進めよう)
まず決めるのは――行き先だ。
(ミラノはどうだ? 大聖堂に、歌劇場……)
昼食のパスタを口に運びながら思案する。
「ダンテ? 何か考え事?」
「!」
呑み込み損ねたオレッキエッテが喉につかえた。
慌てて白ワインを飲み、呼吸を整えてから答える。
「ご、午後の商談について、少し」
俺の恋人は気遣わしげに表情を曇らせた。
「ダンテ、最近すごく忙しそうだけど……。無理はしないでね」
「……ああ」
嘘を吐くのは後ろめたいが、おまえとの旅行について悩んでいた、とは言えない。
商談後、屋敷に帰る車の中でも、時間を惜しんで俺は悩む。
(……フィレンツェも悪くないな。綺麗な街だし、美術館も多い)
「あの、カポ」
「……何だ、レオ」
「ずっと難しい顔してますけど、彼女と喧嘩でもしたんですか?」
「違う。……と言うか、何故おまえもジュリアも俺の悩みは全部彼女絡みだと決めつけるんだ」
「えっ? それは、あの、大体いつもそうだからじゃ……」
「…………」
レオの返答は黙殺し、俺は再び思索に没頭する。
(! そういえば以前、トスカーナに有名なテルメ――温泉保養地があると聞いたことがある)
シャワーを浴びながら不意に名案を閃いた。
彼女は何かと屋敷の中のことをしてくれるし、労わるという意味でもテルメは最適だ。
(いや、その、別に彼女の水着が見たいわけじゃ……。も、もちろん期待しないと言うと嘘になるが……)
もう少し計画が詰まったら――
せめて俺の休みが確定したら、彼女の意見を聞いてみよう。
(……喜んでくれるといいんだが……)
不安と期待が入り混じった気分で、俺はシャワーの湯を止めた。
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