「椿の堕ちる日 第五幕 ― 縋恋 ― 小蝉編」
発売記念ショートストーリー
「あーあ、もう。なんで僕がわざわざ卵なんか買いに行かなきゃいけないのさ」
「だいたい、べつに僕はあんな死にたがりがどうなろうと興味ないんだよ? ただちょっとあまりにも哀れだから病気によさそうな玉子粥でも食べさせてあげようかと思っただけなのに、狐毒ってば『それなら小蝉が自分で準備から調理までするのがいいですよ』だなんて、よくそんな迷惑なこと考えつくよね。しかも『そうすれば彼女も喜びますよ』って――」
「――馬鹿じゃないの!? 僕があいつを喜ばせたいわけないでしょ!
僕が卵を買いに行くのはあくまでも狐毒に言われたからであって、あんな死にたがりのためじゃないんだからね――っ」
「やあ、ずいぶんと元気そうだね」
「な……!」
「なんであんたが明星座にいるのさ……!」
「いや、なに。外遊から帰ったので同業者である夕蛾に挨拶をしようと思ってね。とりついでくれないかね?」
「夕蛾さんを目の敵にしてるあんたを、僕が素直に明星座に入れると思う?」
「ふむ、ちゃんと土産も用意しているのだが」
「あんたの土産なんて夕蛾さんには必要ないよ。叩き出されたくなかったら早く出て行ってよね。今なら警察に届けずにいてあげてもいいけど?」
「……やれやれ、なかなか冷たい反応だな」
(ふん、当然でしょ)
(夕蛾さんの敵は僕の敵に決まってる!)
「夕蛾が“椿病の娘”を拾って貴様に世話をさせているそうだな?」
「……なんで知ってるのさ」
少女の話題に、小蝉が眉を寄せた。「それで、どうなのかね? あの夕蛾が拾うくらいだ。よほど面白い娘なのだろう」
「……別に。ふつうだよ」
「ほう?」
すこし驚いた顔をした元親に小蝉は言う。「そりゃ暴漢に襲われてた夕蛾さんを庇ったのはすごいけど、死んでも構わないっていう投げやりな理由だったみたいだし。そんなやつ、ただの迷惑な死にたがりでしょ。あんな死にたがりを拾って明星座で面倒を見るなんて、夕蛾さんがお人よしすぎるんだよ。まぁそこが夕蛾さんの尊敬できるところだから僕がどうこう言うところじゃないけどさ」
「ふむ」
小蝉の愚痴めいた説明に元親がうなずく。「たしかに夕蛾は情に脆いところがあるな」
「でしょ? ほんと、夕蛾さんの優しさにつけこむなんて、ろくでもない死にたがりだよ」
「なるほど」
小蝉の言葉を聞いて、元親は噂の少女はたいしたことのない存在らしい、と結論づけようとする。「……たしかにあいつは度胸があるし、誰の話でも真面目に聞くし、どんなことにも一所懸命だし、頑張ってるところは尊敬できるし、僕の絵を見てすごいすごいって喜んでくれたところとかは可愛くなくはないかもね――!」
「………………」
(……あれ?)
(僕、なにか変なこと言ったかな。そんなわけないよね。あいつを罵倒しただけだし)
「つまり貴様はずいぶんとその娘を気に入っているのだな」
「はあ!?」
「ば、馬鹿じゃないの、そんなわけないでしょ!」
(僕があいつを気に入ってるとか、ありえないし! あんな死にたがりっ)
(死にたがりなんて、その筆頭でしょ!?
いくらあいつがちょっといいやつだったからって、好きとか、そんなのありえない!!)
(ほんと、なに言いだすのさ、この男は!)
「僕があいつを好きとか、そんなの絶対にありえないんだからねっ?」
「……………………そうか」
「ちょっと、何が言いたいのさ」
問い詰めると、元親が「いや……」と、言葉をにごした。「まぁ貴様と小娘の関係など私は興味ないよ。夕蛾が執心しているなら兎も角、そうでもないようだしね。なにより――」
元親が一旦、言葉を切った。「……なに?」
怪訝な顔をした小蝉に、薄い笑いを向けてくる。「――――その娘は、どうせもうすぐ死ぬのだろう? なにせ、椿病に罹っているのだから――――」
「……!」
(それは――……)
(それは、そうなのかもしれない)
「――……そんなの、わからない」
「椿病が絶対に治らないとか誰が決めたわけ? そんなの分からないでしょ――――!」
(そうだ、やってみなきゃ分かんない!)
(たしかに夕蛾さんは春までにあいつが死ぬって言ったけど、そんなの分からないじゃないか……っ)
(あいつは死んだりしない。死なせたりするもんか……!)
「……ふむ。アレは夕蛾のことしか興味がないと思っていたが、まさか恋をするとはな」
「夕蛾に心酔していたアレが認めるほどなら、見てみても良かったかもしれんな……」
「――いや、仮定など無意味か」
「さてはて、明星座の浮遊絵師はどうする気かな――」